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源氏物語の哀切とは?光と影に彩られた“光源氏”の恋が切ない


古今東西、老若男女、恋の切なさは変わらない?千年前から現代にかけて、「源氏物語」が人々の心を揺さぶったのは、様々な人間模様の中で見られる「切なさ」が魅力だったからではないでしょうか。今回のテーマは、幸せになれるはずの恋を自ら壊してしまうという、“光源氏” の切ない恋のループをご紹介いたします。


光と影に彩られた「光源氏」の誕生

全54帖の第1帖 “桐壺” の章から始まる主人公「光源氏」が、華麗な平安王朝を舞台にさまざまな恋愛劇を繰り広げる「源氏物語」。

帝の皇子としてこの上ない貴い身分に生まれ、学問、芸術にも秀でた類まれな絶世の美貌の光源氏は、父帝と亡き母桐壺の更衣との悲恋によって生まれた、詩的な生い立ちを持つ皇子でした。

3歳で母を亡くし、代わりに育ててくれていた祖母を6歳で亡くした源氏は、幼い頃から「愛する人に次々と先立たれ、自分から離れていってしまう」……そんな思いにとらわれ、それがトラウマとなり欠乏感となって、その後の人生に大きな影響を及ぼします。

また、権勢あるしっかりした後ろ盾を持たなかった皇子(源氏)が、皇統争いに巻き込まれることを心配した父帝は、皇族から臣下に降ろして源氏姓を与えました。身分にさまたげられることなく、自由でのびやかに生きられるようにと願いを込めて。

そんな帝の親心とは裏腹に、皇族から臣下へと身分を落とされた源氏は、このことにも深く傷つき、「自分はどこにも居場所がない根無し草のような存在……」という気持ちが欠乏感に拍車をかけたのではないでしょうか。

光源氏は、高貴な生まれ、類まれな美貌、才気煥発でパーフェクトな人間という申し分のない光の部分と、心の奥底に埋められない寂しさを抱えた暗い影の部分がありました。そんな光と影が織り成す陰影を帯びたからこそ、源氏から、えも言われぬゆらめきが放ち、匂うような美しさが醸し出されたのではないでしょうか。誰もが魅惑され、愛さずにはいられなくなっていきます。



源氏の永遠の恋人「藤壺の宮」との出会い

源氏が9歳の頃のこと、亡くなった母に生き写しだという、14歳の若く美しい父帝の女御藤壺の宮と運命の出会いがありました。この日を境に、源氏の波乱に満ちた人生の幕が切って落とされたのです。

母を知らずに育った源氏は、不思議なほど亡き母に似ているという可憐な藤壺の宮に憧れ、母への懐かしさ慕わしさをその身に重ねるようになります。

源氏が12歳で元服するまでの間、父帝、藤壺の宮、源氏の3人で過ごした楽しい日々は、寂しさを抱えていた少年にとって、一番幸せを感じた忘れられない春の日々でした。

しかし、元服により、藤壺の宮と親しく会うことが叶わなくなります。加えて、左大臣の姫君葵の上と結婚したことによって、それまで藤壺の宮に抱いていた憧れや思慕といったものが、実は恋であったことに気がついたのです。

父帝の妃に対する誰にも言えない想い、永遠に手に入らないもどかしさ、押さえ込めば押さえ込むほど募る想いが、その後、若い源氏を強引で激情的な愛へと駆り立てます。

そして、ついに、藤壺の宮が実家へ宿下がりしている時を狙って強引に関係を結びます。実際の逢瀬はわずか2回でしたが、その時に帝ではなく源氏の子(後の冷泉帝)を身ごもってしまいます……。



光源氏の陥った恋愛ループとは?

源氏は、その後も絶対に手に入らない「藤壺の宮」との苦しい恋を心の奥底に秘めながら、その身代わりを求めてたくさんの女人たちを渡り歩くことになります。

かといって、源氏は軽々しい色恋沙汰には一切興味はありません。常に “真実の愛” を見つけるため、真剣に恋人探しをしています。

しかし、この時にはもう既に、藤壺の宮と越えてはならない一線を越えてしまっていた為、どうしても藤壺の宮と比較してしまう源氏なのでした。当然、どんな女性も見劣りしてしまい、関係を持っても心から恋に浸ることはなく、どこか冷めています。

そんなつれない源氏なのですが、彼は目の前の女性に相対するときには、全身全霊で情熱をぶつけ掻き口説くという、女にとっては最もタチの悪い男でありました。目にもまばゆい美貌、甘い口説き文句、細やかな愛の動作で求愛されるのですから、女が次々に落ちていくのも無理はありません。

当然、女たちはたちまち源氏の虜となります。ですが、源氏はその女人の中に最愛の藤壺の宮の姿を見出すことができず、結局また違う女を求めてしまい、つれなくなっていく……。

そして、女たちはそんなつれない源氏を忘れられなくて、より一層惹かれ夢中になってしまうという、悲劇の恋が生まれる恋愛ループが延々と続く悪循環に陥るのです。

藤壺の宮こそが自分の求めている理想の女性と思う源氏ですが、藤壺の宮は源氏にとって永遠の恋人であると共に、懐かしい母の姿でもあるわけです。それ故、藤壺の宮の存在は源氏にとって絶対の存在であり、それを超える存在はどこにもいません。

源氏にとって永遠の恋人「藤壺の宮」が亡くなったとき、源氏は二條院の庭に咲いている桜を見て、かつての花の宴の折に、藤壷の前で舞を舞ったことを思い出します。そして、一人古歌を口ずさむシーンが胸を打ちます。

「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け」

わたしは二十歳、あのかたは二十五歳、花のさかりだった。

わたしは父帝とあのかたの前で舞を舞った。

舞い落ちる花びらの中、ひるがえる袖、春のさかりのころ……あのかたのためだけに、わたしは舞った。

御簾のうちでわたしを見つめるただひとりのかたのために。前の秋も、そしてその春も。

桜よ。こんなにはなやかに、ほこらしげに、うれしそうに咲いて。おまえは知らないのか。あのかたは、もういないのだ。わたしたちをおいて、永遠に去ってしまわれたのだよ。

だから、わたしの心がわかるならば、桜よ、いまだけは喪の色に咲け。光を受けた色ではなく、薄墨の色に咲いてくれ。あの人はもういないのだ。わたしの永遠の恋人は……

引用:大和和紀 (著) 源氏物語 あさきゆめみし 完全版(4)(kissコミックス)講談社 (2008/5/23)


少年の頃から追い続けていた恋は、こうして終止符を迎えました。そして、既にこの頃には紫の上の存在により、「藤壺の宮の身代わり探し」は終わっていたのです。「心の春」を探し続ける旅が終わり、生涯の伴侶を見つけた源氏ですが、最愛の紫の上への揺るぎない愛の関係を確信できた安心と驕りから、その後も自らの手で幸せを壊していきます……。




最上の女人「紫の上」とは?

光源氏に最も愛された恋妻として描かれながら、実は哀切の極みを味わった紫の上……。彼女は一体どんな女性だったのでしょうか。

「源氏物語」第28帖 “野分” の章で、源氏の息子夕霧が、台風が吹き荒れた8月のある日のこと、偶然、継母の紫の上の姿を垣間見た時の印象的なシーンに、紫の上の優れた容姿の描写が描かれています。

「気高くきよらに、さとにほふ心地して、 春の曙の霞の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地す。

あぢきなく、見たてまつるわが顔にも移り来るやうに、愛敬はにほひ散りて、またなくめづらしき人の御さまなり」

<現代語訳>

けだかくて美しくて、あたりがさっと匂うばかりの美貌だった。春のあけぼのの霞の間から、華やかな樺桜が咲き乱れている……夕霧はそんなことをふと思った。呆然とみとれている青年の顔にも、そのあでやかさが照り映えるかと思われるばかり、愛嬌はこぼれるようだった。あんなに美しい女も、この世にはいるものかと、青年は搏たれたように思った。その笑顔のなんという美しさ、愛らしさ。青年の心も魂も吸われてゆくように思った。

引用:田辺 聖子 (著) 新源氏物語 (中) (新潮文庫) 文庫 – 1984/5


源氏は、昔の自分のような過ち(父帝の妻、藤壺の宮との不倫)があってはいけないと、夕霧を美しい紫の上の側近くには決して近寄らせないように厳しく言い渡していました。

そんな夕霧が、偶然見てしまった紫の上のあまりの美しさに、ただ呆然となっているシーンです。これらの表現から、紫の上がどれほど素晴らしい美貌の持ち主なのかということが、鮮明に思い描くことができます。

「源氏物語」では、紫の上は数ある女人の中でも、優れた容姿、教養、作法、女としてのたしなみにおいて、最上の女性として描かれています。

「藤壺の身代わり」から、最愛の伴侶へ

おしのびで訪れた北山で、源氏は藤壺の宮の面影を宿した美少女の紫の上と運命の出会いをします。

源氏は、愛しい人に生き写しの紫の上を、「藤壺の宮の身代わりに愛したい」と切望します。後に藤壺の宮の姪だということがわかると、より一層その少女を手に入れたくなりました。そして、紫の上の祖母が亡くなると、後ろ盾のなかった身の上の少女を、強引に自邸の二條院に連れ去ってしまうという……いわば誘拐という形で、手元において愛しむのです。

源氏は紫の上をこんな風に教育しています。

「すべて女はただやはらかに、心うつくしきなむよきこと」

やはらかとは態度や性質がふんわりしていること。うつくしは可愛い女。源氏はふんわりとした可愛げのある女性が理想だったようです。

紫の上は、ふんわりとした可愛げのある女性でありましたが、源氏のちょっとした浮気には嫉妬し、拗ねたり怒ったりして、決して型どおりの良妻賢母ではありませんでした。ただ、その拗ねたりする様子も品良く愛らしいので、そんな紫の上がより愛しく感じる源氏だったのです。

「そのほんのり嫉いてくれるところが、あなたの魅力の最高かもしれない。わたしはあなたのその可愛いやきもちが見たくて、しなくてもいい新しい苦労を需めてしまうのかもしれない」

引用:瀬戸内寂聴 (著) 女人源氏物語 上 小学館 (1999/6/10)

無邪気で可愛いイキイキとした少女から、やがて大輪の花の如き見事な女性に成長していく紫の上。

源氏が紫の上を愛したのは、ただ単に藤壺の宮に似ていたからではありません。二人の間にはとても多くの共通点がありました。幼い頃に母を亡くし祖母に育てられたこと、後ろ盾がなくどこにも居場所のない身の上だったことなど、お互いの境遇が非常に似ています。そして、二人は絶世の美貌を持ち、何事にも優れた才能を発揮し、器用にこなしていくという点においても似ています。

そんな愛すべき紫の上を得て、源氏はやっと長年の欠乏感がなくなり、この人こそ生涯の伴侶だと心から思えるようになりました。しかし、相思相愛の二人がなぜ晩年苦しむようになったのでしょうか。

紫の上が苦悩した訳とは?

光源氏に最も愛された紫の上が、なぜこんなにも苦悩する人生を歩むようになったのでしょうか?

◆略奪婚による異例の結婚

源氏によって略奪婚のような形で妻となった紫の上は、当時、夫が妻の家へ通う「通い婚」が一般的だった時代において、異例な形だったのです。そして、源氏が女三の宮を娶ることに決定した時、この異例な結婚が紫の上を苦しめる原因となりました。

【正式な婚姻成立の流れ】

男性は「どこそこの姫は家柄が良く、教養高く、美人らしい」という世間の噂や、垣間見(のぞき見)したりして、相手を調べるところから理想の妻問い(求婚)を始めます。

男性から和歌(恋文)を贈る

恋文は親や女房たちによって検討される

女性は親の認めた相手に女房が代筆した返事を送り、その後、自筆のものを送る

親の同意が得られたら、吉日の夜に男性は女性のもとへ訪れ、御簾越しに言葉を交わす

そして、御簾を越えて男性が女性の寝室(しとね)にいきなり侵入し “夜這い” という形で結ばれる

翌朝、男性から「後朝の文」(きぬぎぬのふみ)が送られる

三晩続けて女性の元へ通い、三日目の夜に三日夜餅を食し、あくる日女性の両親による祝宴が行われて結婚が成立!

平安時代の結婚は、このような段階を経て正式に結婚が成立しました。こうしてみると、紫の上の結婚がいかに異例であったか……ということがわかります。

当時、妻となる女性の条件として、家柄・親の官位の高さなどが非常に重視されていました。紫の上は、藤壺の宮の兄「兵部卿の宮」の娘であり、皇族出身の姫です。身分的には申し分のない上流の姫で、本来正妻になってもおかしくない身の上でした。

身分ある皇族の出身であるにも関わらず、母亡き後、積極的に引き取る姿勢を見せなかった父親により、頼れる実家を持てなかったこと、そして源氏による略奪婚という世間では認められない結婚により、夫を通わせる家もなく、お披露目もできず、世間が認める結婚というものができなかったこと。これら全てが紫の上にとってかなり不利な状況となりました。

これが源氏に最も愛され、正妻格として世間では認められながらも正妻になれなかった理由であり、紫の上の人生における最大の弱点となったのです。

◆子供が産めなかったこと

心優しく愛情深い紫の上は、無類の子供好きでした。源氏が養女にした、紫の上とあまり歳の違わない(六条御息所の娘)秋好中宮の親代わりになって、細々とお世話するのを楽しむほどでした。

源氏が謹慎のため、須磨に都落ちしていた時、不思議な縁の導きで明石の君と出会い、源氏の子を身ごもってしまったことが、子の産めない紫の上に大きな衝撃を与えます。

これほど源氏を愛しているのに、なぜ自分には子ができないのだろう……と、子ができるほど源氏と縁の深い明石の君のことを妬んだ日々もありました。

しかし、娘の将来を確かなものにするため、源氏は身分高い紫の上に娘を養育させることを決意します。それ以後、明石の君に対する気持ちは、嫉妬という感情から、共に姫を愛する者同士として頼もしい友という気持ちへと変化していきます。

自分の娘として愛情を一身に注いで育てた紫の上は、11歳で女御として東宮に入内させる時、娘のお世話を実の母明石の君に託し、後見人として一緒に宮中に送り出しました。この時、事実上、明石の君に姫を返したことになります。

生涯、自分の子を持てなかった紫の上の一生は、さまざまな意味において、源氏の愛だけが支えだったのです。

◆女三の宮の降嫁

類まれな美貌、心優しく、教養深く、源氏の愛人たちへの気配りも行き届き、邸を切り盛りできる器を持つ、何においても優れた才覚を持ち合わせている紫の上でも、一生嫉妬の苦しみから逃れることはできませんでした。

最愛の紫の上を得た源氏は、心の平安を手に入れ、紫の上への揺るがない愛情を紫の上に示した上で、朝顔の君秋好中宮玉鬘の君へ浮気心から、完全には手を出さないけれどちょっかいを出すという行為を繰り返します。

紫の上という本命への揺らぎない愛があるという確信があるが故の浮気心と、源氏自身の甘えが紫の上を苦しめていましたが、自分は源氏から最も愛され、世間でも一の人よと認められている北の方(正妻)なのだという自信が紫の上を支えていたのです。

しかし、紫の上がもうそんな心配もなく、一生過ごせるものと信じて安心していた頃、源氏は朱雀院の娘女三の宮を正妻に迎えることにしたのです。予想もしていなかった出来事に、紫の上は完全に打ちのめされてしまいました。

高貴な内親王という権勢のある華々しい三の宮の降嫁によって、紫の上はその他大勢の一人に降格してしまいます。「自分は世間でも認められた事実上の正妻でありながら、本当はそうではかった……自分という存在は、源氏の愛だけで成り立っていた危ういものだったのだ……」と、この時初めて紫の上は気付き、それまで必死に支えていた自信が根本から崩れ去った瞬間でした。



一夫多妻が当たり前だった時代による悲哀

平安時代に限らず、近年まで上流社会における一夫多妻制は当たり前でした。天皇や武士の他にも、富裕な商人が「妾」を持つことも少なくなかったのです。

正妻は1人。

それ以外は側室として、何人娶っても許されていました。

そんな時代の中、まして帝の皇子として生まれ、准太上天皇という尊い身分の源氏にとって、何人もの愛人を囲うのは当然だったのです。

しかし、だからといって、妻たちの心が傷つかないわけではありません。

源氏から、女三の宮を正妻として迎えることを告げられた紫の上は、どれほど辛かったことでしょう。

「けっしてわたしの本心からではない。三の宮を迎えても、それは兄上(朱雀院)を尊重してのこと。表向きはともかく、三の宮は妻ではない。わたしが誰よりも愛しているのは、紫の上、あなただ」

引用:時海 結以 (著) 源氏物語 あさきゆめみし(5) (講談社青い鳥文庫)講談社 (2008/2/15)

こんな源氏の言葉にも紫の上の心にはもう届きません。実際、女三の宮が藤壺の宮の姪にあたると知って興味を抱き、女三の宮を通して恋しい藤壺の宮にもう一度会いたい……。源氏の「藤壺の宮の身代わり探し」が再び燃焼したことが、縁談を引き受けた本当の理由でした。

これまでの紫の上は、源氏の女性関係に対して嫉妬して拗ねたりしており、そんな可愛らしく拗ねる様子が源氏にはとても好ましく思えていたのですが、この時に限って紫の上は穏やかに源氏の言葉を受け取ります。

「どうして宮様をわたくしがうとましく思いましょう。ここにこうしてわたくしが住んでいるのを、宮様が目ざわりにお思いにさえならなければ、わたくしも気持ちよくここに居りますわ。仲良くお付き合いしていただければ嬉しいのですけれど」

と謙遜した言葉で返します。

そして、表面上は一切悲しみを見せず、源氏と心を合わせて三の宮のお世話をする紫の上でした。そのいじらさしい様に、源氏は一層愛しさを感じずにはいられません。実際、女三の宮を迎えた後は、かえって紫の上の魅力が浮き彫りになり、宮に対しては密かに失望していたのです。

何でも話せる仲で、女ざかりの匂やかな美しさ、しかも昨日より今日が美しく、去年より今年のほうがさらに魅力がある紫の上に、源氏はいよいよ愛情が深まり、一夜離れていてさえ、会いたくてたまらなくなるのでした。

「これほどまでに何から何まで揃っている人はまたとあるまい、しかし何もかも不足のない人は長生きせぬ例もある……」と、源氏は今更ながら不安になります。

この頃には、そうした源氏が自分に語る愛に対しても、紫の上は、虚しさ、はかなさだけを感じるようになっていました。

いつ、翻るかわからない男心の頼りなさ。

我が子も、頼る身内もいない孤独感。

若い女三の宮とは反対に、自分にはもう秋がせまっていること。

女三の宮を迎えてからの紫の上は、「この世に確かなものなど一つもない、わたしという存在は一体何だったのだろう……」と世をはかなむようになります。せめて源氏に愛されている今のうちに出家して、残りの人生を仏道の修行をしながら、静かに心安く過ごしたいと切望するようになります。

「物語にはいろいろな男と女がでてくるけれど、どんな男も結局は一人の女のものになるというのに、わたくしは不思議に殿という一人の男を自分だけのものにすることができなかったのだわ。

確かに殿の言われるとおり、わたしの一生は恵まれていたのかもしれない。けれども、わたくしは女なら誰しも辛くてたまらない嫉妬というものから、ついに逃れることができなかったのだわ。

どんなに打ち消してもどんなに押さえようとしても、胸のうちにわだかまってくるこのどす黒い思いからは。

だれも殿さえも、それにお気づきにならぬ。女の心を知り抜いたあの殿のようなかたにさえ。

この世の誰よりもわたくしを理解してくださるはずのかたが、そのことにだけは決して気付きはしないのだ。

どんなにむつみあっている男と女のあいだにも、いえ、人と人のあいだには、なんという深いへだたりがあるのだろう。

こうしてなにげないふりで暮らしていくことに、自分を無理にはげましていくことに、なんだかとても疲れた……」

引用:大和和紀 (著) 源氏物語 あさきゆめみし 完全版(7)(kissコミックス)講談社 (2008/6/25)



死に直面して気付いたそれぞれの想い

これまでの心労とストレスにより、紫の上は病に倒れてしまいます。紫の上が死に直面したことによって、「紫の上が自分にとってどれだけ大切な存在か、人生におけるたった一つのかけがえのない愛する存在だったのだ」ということを源氏は悟ります。

最後に残ったかけがえのない人を手放すことができず、源氏はその後も紫の上の出家を頑なに許しませんでした。大病をして以来、徐々に衰弱していく紫の上ですが、おぼろげな記憶の中で、「自分の命に代えても生きていてほしい」と、付きっ切りで懸命に看病する源氏の姿を目の当たりにし、「自分には思い残すことが何もないけれど、先に逝ってしまったら、この方はどんなに悲しむだろう……殿のためにまだ死ねないわ……」と、そう思ったのです。

紫の上は、この時点から、この世の苦しみ、悲しみを超越して、源氏に対して母親のような大きな愛だけが残りました。

その後、娘の明石の中宮と源氏に手をとられて、露が消えるように亡くなった紫の上は、最後には「この世は美しいもの、美しいことで満ちている愛おしいもの」とさえ思えたのかもしれません。

魂が天界へ還った紫の上の顔は、夢見るような微笑さえ浮かべていました。髪もふっさりと多く、もつれもせず、艶々とし、無心に目を閉じているやさしいその顔は、清らかで愛らしく、生前の化粧をした顔よりも、ずっと美しい有様でした。

源氏には、その後の世界はありません。「紫の上が息絶えた時、自分もまた死んだのだ、人生は終わったのだ」と感じました。彼女のいない一年を、悔いても返らぬ辛さを、ひしひしと感じながら、源氏はやっとの思いで過ごします。そして、ようやく出家の決意をするのです。

「物思ふを過ぐる月日も知らぬまに 年もわが世も今日や尽きぬる」

現代語訳:紫の上との死別以来、月日は物思いのうちに過ぎていった。わが世も、今年も、 今日でいよいよ尽きてしまうのだ……。

出家を決意した源氏は、今までの女たちからの手紙を全て焼き捨てます。その中には、千年の形見にもとっておきたかった、その昔、須磨の裏まではるばる届けられた紫の上からの手紙もありました。

懐かしい文字、紙や墨の色、たきしめた香もあせずにそのまま、まるであの人の手をいま離れたかのような手紙を顔に押し当て、源氏は号泣します。胸がつぶれそうで呼吸がとまってしまうのではないかと思うほど。

やっとの思いでそれらも全て焼き捨てます。この世の迷いを捨て去り、仏道修行ができるように、紫の上の待つ極楽浄土へ笑顔で向かうために。こうして、主人公の光源氏の人生は、静かに幕を下ろしたのでした。



まとめ

光源氏が恋する女性に向ける優しさ、だますつもりもなくだましてしまう悲しさ、だれよりも愛している紫の上さえも自らの中に眠っていたひそかな欲のために失ってしまう哀れさ、紫の上の美しくも悲しい愛の形……

引用:時海 結以 (著) 源氏物語 あさきゆめみし(5) (講談社青い鳥文庫)講談社 (2008/2/15)

「源氏物語」で繰り広げられる苦悩に満ちた恋の数々は、源氏が求めても得られぬ欠乏感によって生み出されました。幾人もの女人たちが、そんな源氏の無意識の所業のため、苦しみ抜いて、悲しみのうちにこの世を去っていく話を読むにつけ、悲劇をつくった光源氏に対し、読み手は何度も怒りの感情が込み上がります。それこそ、読者の立場を忘れて、物語の女たちの心と同調し、まるで自分のことのように胸を痛めるのです。

しかし、これがハッピーエンドで終わる恋物語なら、千年ベストセラーとして、人々の心には残っていなかったかもしれません。なぜ「源氏物語」を何度も読み返したくなるのかというと、恋に苦悩し、痛いほどの切なさに心を動かされ、哀しいが故の美しさに魅了されるからです。

千年も昔の時代が舞台であるということを忘れてしまうほど、登場人物の心の揺れ動きが、現代の自分に重ね合わされ、身につまされ、いつまでも新鮮さを失わない感覚を何度も味わうのです。

「源氏物語」という世界最古の小説が、未だに多くの人々を魅了し続けている奇跡を思うと、心打たれずにはいられません。この胸が痛くなる哀切をいつか記事にしてみたいなぁ~と漠然と思っていましたが、取り掛かってみると、わぁ~こんなに大変なことだったんだ……と。

今回の記事を書くにあたり、54帖からなる「源氏物語」の深遠さと重みを改めて実感しました。「源氏物語」の哀切さを一記事でまとめてお伝えするには、私の力量では当然不足だらけで、お粗末な点はどうかお許し願いたいと思います。源氏物語に対する熱い思いと、心に訴える豊かで深遠な物語をわかちあえたらな……という思いだけで書かせていただきました。長い内容の記事を最後までお読みくださり、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございます。




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#紫式部 #平安時代

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