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「源氏物語」が面白い!千年ベストセラーはこんな風に誕生した

最終更新: 4月9日


もしも、この「源氏物語」が存在しなかったら、藤原道長の栄華はなかったかも?もしも、あの時代に藤原道隆と藤原道長が政権争いをしていなければ、一条天皇と二人の后「定子」「彰子」が存在していなければ、一条天皇と定子の純愛が芽生えていなければ、清少納言と「枕草子」という強力なライバルの存在がいなければ……「源氏物語」という傑作は、この世に誕生することがなかったかもしれません。今回のテーマは、千年以上経った今でも輝きを失わない「源氏物語」が誕生した奇跡のような背景と、その魅力についてご紹介します。

「源氏物語」が描かれた背景


「源氏物語」はおよそ千年ほど前、平安時代中期に描かれた世界最古の長編小説といわれています。それは、全54帖、原稿用紙でいうと2500枚を超える大長編でした。

作者は紫式部です。

結婚後3年ほどで夫と死別した紫式部は、その現実を忘れるために物語を書き始めました。それが生涯で唯一の物語作品となった「源氏物語」です。

当時、紙は高価で貴重だったため、下級貴族出身の紫式部にとっては、紙を提供してくれる者の存在はとても大きかったようです。紙を提供してもらっては、その都度物語を書き進めていました。

そして、最大のスポンサーになったのが、あの藤原道長です。

物語の評判を聞きつけた道長は、娘の彰子(しょうし)に未来の皇后となるべく、人並み以上の教養と品格を身につけさせるため、比類なき才能と才覚を持つ紫式部を、お抱えの家庭教師として呼び寄せます。

紫式部は彰子と共に宮中に上がり、宮仕えをしながら、道長の支援のもとで「源氏物語」を書くことになったのです。

「源氏物語」は権力闘争が絡む一大プロジェクト!

もしも、この「源氏物語」が存在しなかったら、藤原道長の栄華はなかったでしょう……といわれるほど、この物語は権力闘争の絡んだ一大プロジェクトだったといえます。

この平安時代中期の帝が一条天皇。そして、即位した時の関白は藤原道隆(藤原道長の兄)でした。道隆は、娘の定子(ていし)を女御として帝に嫁がせます。

この時代は、藤原氏による摂関政治でした。摂関政治とは、娘を入内させ、生まれた皇子を天皇にする外戚政策をし、摂政や関白あるいは内覧といった要職を占め、政治の実権を代々独占し続けた政治形態のことです。そして、藤原道隆藤原道長は兄弟同士で権力を争い合っていたライバル同士でした。

定子には、博学で才気煥発な清少納言をお抱えの家庭教師として仕えさせていました。清少納言が書いた「枕草子」のファンとなった一条帝は、毎日のように定子のもとへ通います。加えて、聡明で明朗快活な定子を帝は深く寵愛し、皇后としました。

一方、藤原道長は、娘の彰子を一条帝のもとへ嫁がせましたが、帝は寵愛する定子のもとにばかり通います。そこで、道長は権勢でもって強引に彰子を皇后としてしまいました。史上初の一帝二后(一人の帝に二人の后(中宮・皇后)という事態になったのです。

そして道長は、清少納言に対抗するために、豊かな才能と才覚を持つ紫式部を彰子のもとへ仕えさせたのです。

紫式部には上質な紙、筆記用具、墨に至るまで執筆に必要なものを無限に与え、それらを手伝うアシスタントまで用意し、「源氏物語」の執筆に専念できるように、至れり尽くせりの援助をしました。

そして、道長の思惑通り、ついに一条帝は「源氏物語」の魅力に惹かれて、彰子のもとへ通ってくるようになったのです!

彰子は、第二皇子 “敦成親王”(後一条天皇)と、さらに “敦良親王”(後朱雀天皇)を出産し、国母(天皇の生みの母)となります。

物語の登場人物が一条帝の御代と重なる

「源氏物語」が一条帝の関心を惹き、その心を揺さぶった理由の一つに、一条天皇の御代と物語の登場人物が重なっている……という点が挙げられます。

物語の第一帖「桐壷」の冒頭はこんな風に始まります。

いづれの御時にか、女御(にょうご)、更衣(こうい)あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。

現代語訳:いずれの帝の御代であったか、大勢の女御、更衣がお仕えしているなかで、それほど高貴な家柄ではないが、帝のご寵愛を一身に浴びている更衣がいました。

引用:紫式部 (著)与謝野 晶子(翻訳)全訳源氏物語 (上巻)角川書店 改版 (1971/11/30)

源氏物語の登場人物、桐壺の更衣の間に芽生えた純愛は、まるで一条天皇定子の純愛のようでした。

順風満帆だった定子でしたが、父の藤原道隆が亡くなり、その後、兄の内大臣も失脚して、完全に後ろ盾を失ってしまいます。後ろ盾もなく宮中に入内した桐壺の更衣と、後ろ盾をなくした定子の存在が重なります。

後ろ盾のなくなった定子は、一旦出家して世を捨てるのですが、一条帝は周囲の反対を押し退け、再び定子を宮中に呼び戻します。定子のもとへ帝自らが通い、夜明け前に帰るほどであったといいますから、その寵愛の深さは並々ならぬものであったことが伺えます。周囲の反対を押しのけてでも純愛を貫いた一条帝定子、物語の桐壺の更衣との姿が重なります。

帝の寵愛を一身に浴びた定子は、第一皇子 “敦康親王” を出産します。一条帝は大変喜びますが、その後、皇女を出産する際に、難産で亡くなってしまいます。

一条帝定子、その皇子の敦康親王は、「源氏物語」桐壺の更衣、その皇子光源氏にピッタリとキャラクターが重なるのです。

第五帖「若紫」で、17~18歳の光源氏と10歳ばかりの若紫が初めて出逢うシーン。

つらつきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。「ねびゆかむさま ゆかしき人かな」と、目とまりたまふ。さるは、「限りなう心を尽くしきこゆる人に、いとよう似たてまつれるが、まもらるるなりけり」と、思ふにも涙ぞ落つる。

現代語訳:おもざしが非常に愛らしくて、眉も匂うばかり、子供っぽく無造作にかきわけてある額の髪のありさまなど、いいようもなく美しい。源氏は目をそらすことができなかった。似ている、どうしてああまであのいとしい人のおもざしに、あまりにも似通っている。そう思うだけで、はや源氏の心の中に、藤壺の宮に対する熱いにがい涙が滴り落ちていくのであった。その涙の熱さは思慕の熱さであり、苦みは、会う手だてもない苦痛のためである。

引用:田辺 聖子 (著)新源氏物語 (上) 新潮社 改版 (1984/05)

おしのびで都のはずれに来ていた光源氏は、そこで10歳ばかりの美しい少女と出逢います。その姿は恋しい藤壺の宮に生き写しでした。実は藤壺の宮の姪にあたる姫だったのです。

あの秘めた恋人のかわりに手元において、朝夕見ることができたらどんなに幸せだろう……と。あのくらいの頃から心を込めて育て上げ、自分の理想通りの女性にしたいものだなぁと光源氏は思うのでした。

そして、母を亡くした姫を代わりに育てていた祖母も亡くなり、一人になってしまった姫の姿を見て、光源氏はついにこの少女を自分のもとへ連れ帰る決心をします。

こうして姫は、美しく広大な二條邸の屋敷に迎え入れられ、若紫と呼ばれるようになりました。光源氏のもとで理想の女性に育て上げられていくのです。

光源氏若紫の年齢差はおよそ8歳。一条帝彰子の年齢差もまた8歳でした。光源氏若紫一条帝彰子がこの物語のシーンで重なります

亡くなった定子への恋はもう諦めて、幼い少女の彰子を自分の理想通りの女性に育て上げればいいのでは……というメッセージを、紫式部はこの源氏物語に込めたのではないかといわれています。

それはまた、定子を亡くして傷心だった一条帝の心をも癒し、希望を与えたシーンだったのではないかとも。

同時代の宮廷における一条帝の御代が、あたかも物語の登場人物と重なったような舞台背景によって、よりリアル感が増し、一層読み手の興味を掻き立てたのだと思います。

いくつもの奇跡が重なって誕生した「源氏物語」

もしも、あの時代に藤原道隆と藤原道長が政権争いをしていなければ

一条天皇と二人の后「定子」「彰子」が存在していなければ

一条天皇と定子の純愛が芽生えていなければ

清少納言と「枕草子」という強力なライバルの存在がいなければ

「源氏物語」という傑作は、この世に誕生することがなかったかもしれません。

藤原道長は結局、彰子はじめ、妍子、威子と、自分の娘3人を皇后にすることに成功します。威子が皇后、妍子が皇太后、彰子が太皇太后という、一家立三后を成し遂げたのです。そして、栄華を極めた全盛期にこんな歌を詠みました。

「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思へば」

「この世は私のためにあるようなものだ。満月が欠けないように、私の思うようにならないことは一つもない」……という意味ですが、「源氏物語」の存在がなければ、この歌が詠まれることもなく、歴史も変わっていたのかもしれませんね。

藤原氏が最も栄えた時代を作った背景には「源氏物語」の存在があり、その絶妙なシチュエーションが重なり合った奇跡の数々を思うと、神懸かった不思議な力さえ感じました。


まとめ

いくつもの奇跡が重なって誕生した「源氏物語」ですが、この物語ができる背景に思いを馳せると、目には見えない神秘的な力さえ感じて胸が熱くなってしまいます。この物語は、雅な平安王朝を舞台にした歴史超大作であり、リアルな恋愛スキャンダル大作であり、権力闘争も盛り込んだ政治小説でもあります。今回は、「源氏物語」のでき上がる背景がテーマでしたので、物語の中身にはあまり触れられませんでしたが、次回はもっと物語の中身に踏み込んだ内容の記事を書きたいと思っています。物語の登場人物は500人を超え、それこそたくさんの女性たちが出てきます。みなそれぞれ個性的な魅力をもったキャラクターで、その細かい人物描写や感情表現が、千年という時を超えても尚、こうまで心を揺さぶるのかとため息が出るほど……。エロティックな要素を含みつつも、そこはかとなく表現し想像することしかできなかった時代だからこそ味わえる、心に訴える豊かで深遠な物語をわかちあえたらなと思います。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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#平安時代 #紫式部

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